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「……ハァ」
照りつける太陽。真夏のはばたき山遊園地。
周りは家族連れ。一緒になってはしゃいでいる弟。
特設ステージの最前列に陣取って、桜井琥一は溜息をついた。
事の発端は、夏休みのある日のことだった。
幼馴染の女の子を誘って、三人でどこか遊びにいこうと話をしていたのだが、彼女からは色よい返事が返ってこなかった。
「ごめんね、その日はバイトがあって……」
「あれ、シフトは俺と同じだったよね?」
目の前で両手を合わせて謝る彼女に、ルカが尋ねる。そういやこいつら、バイト先同じだっけか。
「ううん、アンネリーじゃなくてこの夏だけ短期のバイト入れたの」
それは俺も初耳だ。ルカも驚いた顔してやがるから、たぶん誰にも話してなかったんだろう。
「そっか。じゃあ仕方ないな……」
「ほんと、ごめんね?」
「まぁ、よ。バイト頑張れよ」
まだ謝ってくる彼女にそう言うと、俺はその場を後にしようとした、んだが、ルカはさらに何かを聞いていた。
「ところでさ、バイトって、どこの?」
「はばたき山遊園地で、夏休みの間だけレンジャーショーがあるでしょ? そこだよ」
────何だと?
「よし、コウ! みなこの仕事ぶりを見に行こう!」
ルカが目を輝かせて俺を引っ張るのを、俺はうんざりと振り払った。
そしてこのザマだ。
後ろの席の子供が「前のおじちゃんが邪魔で見えない」などと言っている。ルカにも聞こえたらしく、ヤツは吹き出していた。
誰がおじちゃんだ、誰が。だいたい、こんな前の席で見る必要なんてねえだろ。
「ったく……なんで高校生にもなってこんなもん見てんだよ……」
ああ、クソ暑ぃ。あいつもいつまで待たせる気だ。
いい加減、ルカを置いて帰ろうかと思った、その時。
「良い子のみんなー! こんにちはー!!」
聞き慣れた声がした、と思ったら、その余韻は周りから一斉にあふれ出すガキ共のこんにちはコールにかき消される。
「こんにちはー!!」
おいルカ、テメェも付き合ってんじゃねえ。
そう、あいつはいた。この会場に、現れた。
半袖のTシャツとジーンズ、サンバイザーにインカムマイクをつけて、会場に手を振る──『司会のお姉さん』として。
目が合う。
「…………」
一瞬、彼女が台詞を忘れたのか硬直する。ま、そうだろうな。ガキのためのレンジャーショーの最前列ど真ん中に、図体のでかい高校生が二人も並んでりゃそうもなる。
「き、今日はみんなのために、このはばたき山遊園地にガチレンジャーのみんなが遊びに来てくれるよ!」
あ、持ち直した。さすがと言うべきか、何と言うか。
「みんなは、ガチレンジャーの中で誰が好きかな?」
彼女は俺達のところを器用にスルーして、前の列の子供に話しかける。皆口々に(後ろの奴らも)どの色の奴が好きとか去年の奴の方がいいとか叫んでいる。
「はーい! 俺は司会のお姉さんが好きです!」
ルカ、テメェは黙れ。
「そっかー、お姉さんは女の人だから、ピンクが好きかな」
またしてもスルー。プロ根性というよりは、スルーするしかねえだけだろうが。心なしか、笑顔も引きつっているように見える。
「それじゃあみんな、大きな声でガチレンジャーを呼んでみよう! せーの……」
「待ぁてぇ~~~~い!」
彼女が舞台袖に下がり、ガチレンジャーコールをする直前のことだった。
反対側から、妙な着ぐるみ姿の奴らが躍り出て来たのは。
「オイ、何だ?」
「知らないの、コウ? バラッチ帝国だよ」
「ハァ? 何だそりゃ」
「だから、バラッチ帝国。ガチレンジャーの敵」
思わず俺は声に出していた。ルカの野郎、まるでこれが一般常識とでも言わんばかりの顔で説明してくる。んなことはどうでもいいんだよ。
そのバラ何とかって奴らが、あいつを押しのけて舞台上を占領する。あれよあれよと言う間に彼女は戦闘員達に囲まれてしまった。
「大変! このままじゃ、はばたき山遊園地が乗っ取られてしまう!」
彼女がそう叫んだ瞬間、俺は立ち上がりかけた。
「コウ、大丈夫だって。一連のお約束なんだから」
「そうじゃねえよ」
「何?」
ルカはアレが見えなかったのか、きょとんとした表情を見せた。こいつは誤魔化せても俺の目は誤魔化せねえぞコラ。
「あの右から二番目の雑魚……みなこのケツ触りやがった」
「何だと!? 羨ま……」
「あぁ?」
「……じゃない、なんてけしからん!」
おそらく実際には、段取りをミスったか何かでよろけた彼女を支えただけなのだろう。だが、暑さと会場の妙な雰囲気ですっかり頭に血が上っていた俺には、そんなことはどうでも良かった。
暴れてぇ。
雑魚、許すまじ。
そんな俺達をよそに、ステージは続いていた。
「そうだ! みんなでガチレンジャーを呼ぼう! みんなも一緒に呼んで! せーの……」
会場にガキ共のガチレンジャーコールが鳴り響く、その直前だった。
「トウッ!!」
「オラァ!!」
「!?」
勢い良く舞台に飛び上がった俺とルカのダブルキックが、中央にいた怪人にクリーンヒットした。
「グハァッ!? な……何だお前達!?」
「正義の味方、ルカレンジャー参上!」
「と、そのツレだ」
「はぁ!?」
後ろの幹部に起こしてもらって、怪人がよたよたと立ち上がりながら困惑の声を上げる。着ぐるみのせいで顔は見えないが、多分めちゃめちゃ混乱してるんだろうというのはよく分かった。
まあ怪人はもういい。問題はさっきの雑魚戦闘員のヤローだ。俺は次に、騒然となる会場と、出て来かけていたレンジャーと、オロオロする舞台上の奴らと、とにかくその他色んなものを無視して彼女の元へと走った。
「琉夏くん……琥一くんまでっ!?」
その後のことはよく覚えていない。
ただ、舞台が滅茶苦茶になったことだけは確かだ。
夕方、俺達はみなこと一緒に、静まり返った特設ステージ跡に佇んでいた。
「もう……二人とも、無茶苦茶だよ!」
「……ゴメン」
「あぁ……悪かった」
あの後俺達は舞台裏に呼び出され、こっぴどく叱られた。
「バイトもクビになっちゃったし……どうしてくれるの、もう……」
彼女は泣きそうな声だった。だが腹の中じゃ相当怒っているのは分かる。さっきから、俺達と目を合わせようとしない。
彼女は何も悪いことはしていないのに、俺達を庇ってくれたのだ。
「ホントにゴメン! 何でもするから、許して! ……ほら、コウも!」
「お、おう……悪い、この落とし前はきっちりつけるからよ……」
「…………」
「………………」
しばらくジト目で睨んできた後、彼女はポツリと告げた。
「アナスタシアの限定プレミアムチーズケーキ」
「え、それって一日10個限定のやつ……しかもすっごい高いやつじゃ……」
「そう」
「ホットケーキじゃ駄目?」
「駄目。アナスタシアの限定プレミアムチーズケーキ」
「……聞くしかなさそうだぞ……」
「コウが先にやったんだからな」
「う……ウルセー」
思わず悪態をついてしまうが、だがまあ、自業自得という奴だ。
俺が先に動いたのも事実だから仕方ない。
せめて限定チーズケーキは、俺が金を出そう。
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まずは、小松原先生、すみません。語呂がよかったもので、つい……
そして思ったよりも兄弟がDQNになってしまった……どうしよう。
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